ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年4月1日◆四月、光るものたち

今朝は気持ちよく晴れていて、シャワーを浴びている間に洗濯機をぐおんぐおん回す。いつもより多めの洗濯物を干しながら、今日が底抜けに明るい陽気で良かったと思う。四月。太陽をたっぷりと浴びたオリーブが放つ光に強く優しく包まれていなかったら、きっと布団から動けなかった。私を窓際まで呼んでくれてありがとう、お水をあげようね。

 

そわそわと、何をするにもそわそわとする今日。大丈夫なつもりでいたけれど、やっぱりどうしても怖いのだ。校庭のトラックで長距離走をしている私とのっぺらぼうの人々。誰とも分からないのっぺらぼうに次々追い抜かれていき、私は息を切らし、追いつけず、寧ろその差はどんどん開いていく。毎年頭に浮かぶイメージはもうこびりついてしまっていて、よく眠ったはずなのに、逃避の気持ちからか急激に眠気に襲われる。

 

ぱち、と目を覚まし、布団に残るもやもやが付いてこないうちに出掛ける支度をする。今日は久しぶりの友人とご飯を食べるのだ。最近チークが可愛いことに気が付いて、薄く頬に滑らせるのが楽しい。化粧の中に好きな工程ができることってあるんだな。ベイクドシナモン、という名前も気に入っている。ぷくぷくのシナモンロール、焼き立てですよ。

 

友人との約束より小一時間早く動いていて、予定通り早めに待ち合わせの店付近に到着する。調べていた花屋に立ち寄り、久しぶりに会う友人へのブーケをお願いしようと思っていたのだ。春全開のブーケ、は、少し疲れてしまうかもしれないなあ。うーん、あ、と友人のテーマカラー的存在を思い出し、それに合わせて店員さんと一緒に花を選ぶ。随分色とりどりなブーケが出来上がりそうだ。テーマカラーがあってくれて良かった。自分では選ばないけれど素敵なものを目撃し、しかもそれを手にする、というのは贅沢なことであるし、何より非常に楽しいものだ。ブーケを作ってもらう間、店内をうろうろしていたらオレンジ色の大ぶりのダリアと目が合う。これから行くスペインバルの雰囲気に合いそうだ、とこちらも一輪いただくことにした。ありがとうございました。ガラスに映る花を抱えた私は、とても幸せそうだ。

 

元は父の行きつけであるスペインバル。小さい頃から私もよく顔を出していて、久しぶりの来訪だった。ママは変わらず大きな笑顔で迎えてくれて、私の結婚指輪を愉快そうに撫で、ワハハと笑う。常連さんに、この子あの人の娘だよー!などと話しながら、早速贈ったダリアをカウンターに飾ってくれた。友人が到着する前に、一杯だけ先にいただこう。

 

店先に友人の姿を見つけ、カウンターから手を振る。久しぶりの変わらない顔が嬉しく、さあさと隣の席に案内して早速ブーケを渡す。あけましておめでとう、お誕生日もおめでとう、そして我々二人ともが今日を無事に元気に迎えられたことが私はとても嬉しいのです、の花。花を贈る、というのは少し特別なことなのだろうか。思いのほか店内がお祝いの空気になってしまい、若干焦る。少し間違えてしまったかな、アワアワしながら、訳も分からず申し訳ない気持ちになる。友人は気遣いの人だから、なおさら負担をかけてしまったな。父の知り合いが乾杯用のレモンサワーを二杯用意してくれて、大変ありがたい、のだけど、その、お酒を飲む人だけじゃないのです。飲めやい飲めやい、これから覚えような、の空気を上手に躱すこともできず、友人は今楽しめているのだろうか。そうは言っておきながら、酔いが回ってきた私はすっかり機嫌よく飲み進めてしまっており、本当に駄目な奴だ。

 

少し落ち着いて、生ハムやらタコのアヒージョやらをつまむ。久しぶりの会話は加速して、坂を転げる雪玉のように大きくなりながら、しかし軽そうにぽいんぽいんとよく弾む。友人との会話はいつもワクワクするもので、話を重ねるのも、話に聞き入るのも、とてもとても好きなのだ。アー写、ですんなり通じたあの日の会話の違和感、アイドルとしての自覚の可能性、友人の推しの素晴らしいプロっぷり。私の推しがアイドルの自覚を持っているとしたら、そしてアイドル仕草をそつなくこなす日が来るとしたら。古参おじさんは母親面をして強がるけれど、きっと遠くに行ってしまったと少し寂しくなってしまうのだろうなあ。少しはアイドルの自覚を持ってほしい気持ちと、持ったら持ったで寂しくなりそうな予感、私も捻くれてしまったものである。供給は欲しいけれど、本人が“これは供給である”と思って供給し始めたら仄かに切ない感情を覚えるのだろうか。などと考えても、まあきっと自覚は生まれていないと思うのだけれど、どうだろう。信じたいだけだった、なんて可能性も、あるのかな。話は尽きず、あっという間に時計の針はぐるりぐるりと進んでいた。会話をしている最中の、くるくると変わる友人の楽しそうな表情と大きな瞳が好きだ。自分と関係のある人間、その関係のすべてが私にとって唯一無二であるのに!と、ある友人が叫んでいた言葉を思い出す。彼もまた、私にとって唯一無二の大切な友人なのだ。四月の初めの日に、彼に会えて良かった。私、前よりも少し元気になりました。今年も巡ってきた四月、どうにかやっていきます。また会いたいな、あわよくば、また会いたいと思ってもらえていたら嬉しいな。

 

最後は駅のホームまで見送ってもらってしまい、結局、別れ際まで私は駄目な飲んだくれだった。申し訳ないです、ありがとう。次にお話できるのはいつになるだろうか。美味しいソフトドリンクが揃っているお店を探しておこう。喫茶店でプリンやホットケーキをつつきながら、のんびり話をするのもいい。「大学院に入りました!(語用論)」もしたいな。お祝いに頂いたカトラリーセットは早速洗ってあり、既に部屋の一部として仄かに光を湛えている。四月。大切な光たちに包まれて、明日の朝もきっと起き上がれる。