ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年4月7日◆千切れるような強風、苺の豆花風

空気が千切れてそこから血が出るんじゃないかと思うほどの強風。一日中おもてはびゅうびゅうと鳴っていて、世界のすべてが飛んでなくなってしまいそうな突風が吹くたびに、肩を強張らせていた。和室の障子、その後ろに窓があると分かってはいても、怖いものは怖い。ガタガタドゴンと窓が震える音に、障子が外れてびゅうばたばたと飛んで消えて、果ては屋根もなくなってしまうのではないかという妄想に取り憑かれる。

 

休日の朝に、とミイさんから教わったKESMARの『Is It You I Miss』を流して、ふわあと欠伸をするような緩やかな気分を少しでも取り込もうとする。オリーブの横に体育座りをして、何だか今日は元気が少なめみたいで困っちゃったよ、と話しかけるつもりで独り言ちる。私が小さくなって座ると、オリーブの方が背が高くなるんだな。今日も変わらず、すっと背筋を伸ばして天を目指すオリーブ。返事が返ってこないこと、我関せずな態度に見えることに救われる日も、ある。今日はあまり無理をしないで過ごしたほうがいい気がするな。とりあえず、シャワーを浴びよう。

 

ミイさんと約束をしていたので、今日は苺の豆花風を作る。絹豆腐と牛乳で作る豆花風の甘味は、実際に手を動かして作ってみたらとても簡単で、ミキサーで材料を混ぜてゼラチンを溶かして粗熱を取って、好みの容器に移したら冷蔵庫に入れて二時間待つだけだった。西早稲田にある中国のお茶とおやつの店、甘露さんで提供している双皮奶を意識して、器にはたっぷりと深めの丼鉢を選ぶ。豆花と双皮奶が別物なのは分かっているが、ただ、何となくの印象で思い出したのである。時折冷蔵庫を開けて、ふるふると揺れるのを確認して一安心。これでも、ひと手間と思って器に移す時に茶漉しを使ったのだが、どうしても表面が泡状になってしまいシュワシュワしている。次は見た目もつるんと作りたいなあ。

 

苺のソースは、苺と砂糖とレモン汁を弱火で軽く煮たら完成。レシピには「苺を角切りにして」と書いてあったけれど、ゴロゴロしたソースの方が嬉しい気がするので、苺はまるまま使う。砂糖が溶けて液状になり、苺から水分が出てきてソースらしさが増していき、徐々にそのソースが苺の赤で染まっていくのを見守る。静かで動的な時間だ。綺麗な赤のソースが出来上がって嬉しい。最後に念のため苺をつついて、しっかりへにゃへにゃになっていることを確認する。弟二人が贈ってくれた鍋セットの中でも、一番小さな可愛らしいサイズ感のソースポット。私は、この小さなソースポットでコトコトとジャムやソースを作りたいと思っていたのだ。今の私、少し絵本に出てきそうかもしれないよ、と思い、小さな鼻が少しだけ得意げにぷくとなる。

 

ミイさんはいつもより早く帰ってきて、夕飯を作ってくれる。今夜は羊肉火鍋だ。スーツを脱ぐや否やトントントンと食材を刻んで鍋に入れ、あっという間に火鍋が出来上がる。ミイさん疲れているだろうに、いつもありがとうね。久しぶりの台湾啤酒で乾杯。パイナップルは飲んだことがあったけれど、蜂蜜は初めてだ。どちらもきちんと爽やかな苦みを感じるから飲みやすくて、火鍋の辛さで痺れた舌を気持ちよく冷やしてくれる。そしてまた火鍋をつつく。火鍋とビールを行き来してすっかり額には汗をかいている。羊肉の旨味、ねぎの甘さ、小松菜の瑞々しさ。そしてそれらを包み込む、かなり辛くてしかしそれが美味しい真っ赤なスープ。ビールを飲んでいるのにご飯も進んでしまって、これは完全に食べ過ぎてしまった。

 

食後、作っておいた苺の豆花風と一緒に凍頂烏龍茶をいただく。ミイさんは苺の豆花風をとても気に入ってくれたようで、苺のソースを追加でたっぷりかけたと思ったら、あっという間に丼鉢が空になっている。美味しい美味しいと食べてもらえて嬉しい。一口サイズのおまけが、冷蔵庫にまだ入っているよ。私としても、これは美味しく作れたのではないだろうかと思う。優しい味わいの豆花風に甘く作った苺のソースがよく合って、全体的にさっぱり食べられるから、たくさん食べた後でもぺろりと平らげてしまう。凍頂烏龍茶の一煎目は、その味以上に芳醇な香りに圧倒され、しばらく口を付けずに香りを吸い込んでは息をつき、また吸い込んでは息をついていた。口に含むとまた香りが広がって、深呼吸をするたび鼻腔にふわっと花のような甘い香りが通り抜ける。気持ちが落ち着くねえ、とミイさんと話す。

 

すっかり食べ過ぎて座っていられなくなり、胃に優しい姿勢を探して布団で横になる。「胃もたれには、体の右側を下にして横になるのがいいらしいよ」とミイさんが調べてくれて、ミイさんに背を向ける形で休憩する。ゴロゴロしながらくだらない話をし、同じフレーズばかり繰り返す鼻歌をふんふん口遊む。明日は晴れるようだ。いまだ強く吹く風から身を隠すように、布団に沈み込んで眠る。いつもより沈んでいる気がするのは、食べ過ぎたこの体のせいか。