ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年4月5日◆向かい合うのではなく横に並ぶ

起き抜けにコーヒーを飲む。今朝はミイさんが淹れてくれて、素敵な休日の朝だ。そう、素敵な休日の朝なのだが、そこには真面目な顔をして静かにコーヒーを啜る二人がいた。何もギクシャクしているわけではない。昨日外出先で飲んだコーヒーがとてもクリーンな味わいで、これがクリーンか!と刺激を受けた私たちは、はて、では我々のコーヒーの味わいはどうなんだ、といつもより注意深く味わっているのだった。

 

二人が同じ熱量で興味を持てる物事には、特有の楽しさがあると思う。二人ともだいぶ雑味なく淹れられるようになってはきたけれど、口の中にわずかに残るコレも昨日のコーヒーにはなかったよね。ね、そうだよね。しかしそれにしても、すごく美味しいコーヒーだよ。うん、でもやっぱりコレは何なんだ。うーん。何だか、お茶のようなコーヒーだったものね。そうだね、飲み疲れないというか。ミイさんは味わいを言語化するのが物凄く得意で、私はいつも勉強になるなあと思いながら、自分の感じている“この味”にその都度名前を付けている。横に並んで同じ向きで同じ矢印の長さで同じ物事を考えていても、それぞれ持っている得意が違うから、見えている景色や相手に伝えられる景色が違うのはいつも面白い。二倍、ではないかもしれないが、少なくとも一人の時より広くなった景色を前に、これからも楽しみながら一緒にもがきたいねえ。

 

そんな私たちに構わず机の上でのびのびと日に当たっているのは、今日も元気にふくふくとしている福だるま。より一層我が家に馴染むようになったのは、昨日外出先で見つけたタイルを鉢の下に敷いたからだった。バナナの絵があしらわれた厚手のタイル。数あるバナナのタイルの中から真剣な眼差しで選び抜いた、ミイさん自信の一枚だ。少し間の抜けたような線で描かれたバナナは、上に鉢を置いてもちらりと見える。バナナの先が視界に入る度、くすっとしてしまう。矢野顕子YUKIが「あるとうれしい バナナがあると なんとなく 心配ない」と歌っていたけれど、本当にそうだ、と私は深く頷く。ミイさんと観光地に出掛けると、いつも一本裏に入ったような静かなところから、とても面白いものが見つかる。私が何となく選んだ道から、ミイさんはいつも楽しいことを見つけてくれるのだ。そのなんと愉快なことか!これからも、ミイさんと知らない街をたくさんたくさん歩きたいなあ。バナナのタイルを眺め、再びくすっとし、そう思うのだ。

 

さて、朝の時間がこんなにたっぷりあるのは、二人して早起きをしたからであった。今日は私の鬘合わせの日で、ミイさんはお手洗いへトイレ掃除をしに、ヤカさんは部屋中へ掃除機を掛けに、と部屋がすっきりしたところで今日も出掛ける。お出掛け日和の二連休だ、天気に恵まれて良かった。

 

よく喋る担当スタッフさんから可愛い可愛い言われて、嬉し恥ずかし圧倒されてあっという間に鬘合わせは終了。優しい嵐のようであった……。さて、ここから目指すは久しぶりの古本屋街だ。と言っても、今日の主たる目的はとある新刊本と文具や雑貨である。駅に降り立ち、早速書店を目指す。折角だから、と店内の在庫を確認するタッチパネルで著者名を検索し、検索結果を見て二人しておー!と小さく歓声を上げる。私の敬愛する、そしてミイさんの友人である人物の著書を手に取りホクホクと店を出る。ミイさんは著者近影を見て爆笑していたが、友人ゆえの距離感というのは、傍から見る私にとってだいぶ羨ましいものだ。

 

寄り道という名の本編をお送りしながら、ようやく目的地の総合画材店に辿り着く。ミイさんとうんうん言いながらカードとレターセットを選ぶ。昨日と今日で、式に必要なものがだいぶ揃った。席札にメニュー表に手紙などなど、せいやせいやと用意しよう。楽しみにしています、との言葉を思い出し、さあ頑張ろうという気持ちが湧く。楽しみにしていてくださいね、とびきり素敵な日を作りますから。移動と選択の連続でミイさんのMP消費が激しく心配していたのだが、ポップでどこか少し懐かしさを感じるようなデザインのシャボン玉を見つけ、かなりの回復を見せたようだった。しれっと手に取りニヤリとし、今度一緒にベランダで吹いて飛ばして遊ぼうね、と約束する。

 

最寄駅からの家路、疲れた頭で難しい数字の話をする。難しい。夕飯を食べ、私はその話を整理しようと本を持ち出しメモを作り、ミイさんに再度話を持ち掛ける。意識して、いつもよりもっと丁寧に思っていることを言葉に変えていく。少しずつゆっくりと話す。話の根拠を提示する。ミイさんの話にきちんと耳を傾ける。さらに話を整理する。少し道筋が見えてきた、ような。真面目な話をする時、向かい合うのではなく横に並ぶような気持ちで話ができるようになったのは、二人の大きな成長だと私は思っている。もしくは、心のゆとりの為せる業。へとへとになりながらも一定の成果を得ることに成功した私たちは、ハイタッチして寝る支度をする。

 

電気を消してのそのそ布団に入ると、ミイさんが「ヤカさんはいつも僕の話を真剣に聞いてくれるね」と呟いた。そんなの、当たり前じゃないか。私はいつも真剣にミイさんの話を聞いて、どんなことでも真剣に話し合いたいと思っている。自分以外は他人であるこの世界において、同じ方向を見据えて一緒に進んでいこうとするためにできること。それは、丁寧に言葉を交わすこと以外にないのだから。しかしこのことに対して、ありがとう、という言葉をもらったのは素直に心から嬉しかった。貴方は、私のこの思いに、ありがとうをくれるのですか。

 

何だか、きっとこれからも大丈夫だ。ちょっとやそっとじゃこの舟は沈んでしまわないぞ、そんな自信が湧き上がる。私もミイさんに精一杯の感謝を伝える。ありがとう。昨日も今日もたくさん歩いてたくさん楽しかったね、それじゃあゆっくり、おやすみなさい。