ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月16日◆暗闇のへりに佇む

ピクニックから一夜、新しい朝が来た。ゴミをまとめてゴミステーションに出し、タオルを回収して洗濯機を回し、麦茶のお湯割りを水筒に詰めミイさんの鞄に入れる。いつも通りの一日が滞りなく始まる。一つだけ違うのは、ベランダにピクニックシートを干してあること。洗濯物と入れ替えで仕舞わなくては。

 

ミイさんを送り出す。黄色いチューリップは昨日で本当に終わってしまって、仄かに切ない気持ちで洗濯物を干す。一度動き出したら基本的に区切りがいいところまで動いてくれる体で助かる。しかし、起動スイッチは物凄く重たい。それが分かっているから、毎日ミイさんが出掛けるまでにいろいろなことを中途半端に始めておくのだ。昨日のサンドウィッチを食べ、楽しかったなあの記憶でどうにか立ち上がって山のような洗い物をよぼよぼと倒し、しばらくぽかんとしてしまう。何だか空白が目に付く日だ。

 

昼過ぎに、ミイさんから帰りが終電近くなりそうだとの連絡が入る。連絡ありがとう、遅くまでお疲れ様。返事を打ちながら、突然増えた空白の時間にやや狼狽える。

 

ふと、私は恐怖から逃れるために日記を書いている側面があるな、と思い至る。楽しかった、嬉しかった、忘れたくない思い出したいことを選んで書き残しておく。文章が贅肉だらけでも構わない。スタイリッシュを目指して欠けてしまう情報があるくらいなら、書きたいことすべてを書いて不恰好な方がまだいい。そんな不恰好な日記を毎日読み返す。ふと顔を覗かせる鬱々とした私に飲み込まれないように、ずるりと滑り落ちてしまいそうな暗闇に足を踏み入れないように、またしゃがみこんでしまってそこから一歩も動けなくならないように。

 

日が落ちて夜がやってくる。こんな空白だらけの日には、大好きな友人からのメッセージに返事を書こうと思っても、するすると思うように言葉が出てこない。澱み。その割に久しぶりの友人には勢いでメッセージを送ってしまい、これは果たして自己満足なのか承認欲求なのか!と悶え風呂場に逃げ込む。

 

シャワーを浴びながら、唐突に泣き出したい気分だ。「理由もないのに何だか悲しい 泣けやしないから 余計に救いがない」とゴッチも歌っていた。涙にならなかった水分は胸のあたりに溜まって、しかし溢れることはなく、徐々に増すその重みは私を暗がりへと誘う。空白の中はいつの間にか、言葉になる前のもわもわだったり言葉ともつかないぼやぼやだったりでいっぱいになって、それでもそれは空白のままで、それは暗闇だった。不自然に時間をかけていつもより丁寧に髪を乾かしてみても私の癖毛はいつも通りうねうねして、特段心が晴れるようなことはなかった。

 

ミイさんは日付が変わった頃帰ってきて、今すぐにでも頭の後ろにその大きな手を置いてもらって安心したかったが、ひどく疲れた様子だったのでその我儘は飲み込んだ。遅くまでお疲れ様。布団に入るとすぐに寝息が聞こえてくる。私はもう少しこの夜に付き合ってやる。不安に身を曝し、暗闇のへりに佇む私に寄り添う夜があってもいい。