ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月9日◆生成り色と春色の嬉しさ

暖かく、風の穏やかな日。絶好のお出掛け日和である。休日のミイさんと一緒に家を出て、母と電車内で合流し三人でドレスサロンを目指す。五月に控えている結婚式の衣装合わせをする日がやってきたのだ。落ち着いた様子で挨拶を交わす二人をよそに、私は一人緊張で肩が強張っている。

 

びっしりと吊るされたウェディングドレスにカラードレス、タキシードの数々に目眩がする。すれ違った新婦さんがバチーンと華やかで、我が身を振り返り少し尻込みしてしまう。そんなサロンの一番奥、白無垢に色打掛、紋付袴の揃う一角に私たちは通された。

 

担当の方が準備をされている間、衣装の数々をちらちらと見る。白無垢と心に決めてきたが、こう見ると色打掛も捨てがたい。色打掛の中で心惹かれるものがいくつか置かれている棚があり、どれを試着しようかあれこれ考える。しかし悲しいかな、目を付けていた棚はブランド物とのことで、今回の選択肢からは外す。見る目だけは多少あったみたいだ。

 

プラン内で選べる衣装の中から選びたい、というのがミイさんと私の意向で、それに合った衣装を提案していただく。私は白無垢二着、色打掛二着を試着することにした。白無垢、それも一番最初に着た白無垢が一等素敵だ。試着後、自分の中では一つも悩まずに心が決まる。とことん悩んで振り出しに戻るか一発でバシッと決まるか極端な私だが、今回は後者だった。こういう時は万事上手くいくものだ。私がつらつら話し出す前に、ミイさんに意見を乞うてみる。ミイさんは、下見に行った神社さんの雰囲気には白無垢が合うだろうとすぐに思ったようで、その上で断然最初に着た白無垢が似合っていたよと言ってくれた。はしゃぐ母も同意見で、私の衣装は白無垢、生成り寄りの亀甲花車に決定する。無事に決まったことはもちろん嬉しいが、何より一緒に真剣に考えてくれるミイさんの眼差しが嬉しかったのだった。

 

次はミイさんの紋付袴と意気込んだが、最初に提案されたのは黒紋付の一着。ミイさんはそれでも十分な様子だったが、私にはミイさんの衣装も選び取って決めたい、決めてほしいという思いがあった。全体的に生地感が物足りなく感じたのも正直なところだ。完全に私の我儘だが、二人にとって一生に一度のハレの日である。ここで声を上げずしていつ上げるのだ、と、か細い声で他の選択肢はないか尋ねる。長襦袢と紋付羽織、そして袴それぞれ数点が並ぶ。ミイさんは生成り色の長襦袢と紋付羽織を選び、私が似合いそうだと見立てた袴を合わせて着付けてもらう。普段着ない明るい色にはじめ戸惑っている様子のミイさんだったが、私と並んでみるとハレの日らしくて素敵だと気に入ったらしい。明るく柔らかい色はミイさんによく似合っていて、静かで緩やかな時間が流れる神社さんで微笑むミイさんが既に見えるようだった。

 

斯くして無事衣装合わせは終了し、三人で家路に就く。ミイさんの衣装に少し口を出しすぎてしまったかと反省していたが、最終的に二人の納得がいく衣装を選ぶことができた。私の我儘に付き合ってくれてありがとうと伝えたら、横を歩く母に「もう百遍はありがとうって言ってるよ」と笑われてしまった。しつこかったかと思うが、二人のハレの日に身に着ける衣装だ。新婦衣装だけでなく、新郎衣装も吟味して一等気に入ったものを選びたい。そう思っていたことが実現できて、私はこの上なく嬉しかったのだ。

 

帰りの電車の中、昨晩久しぶりに便りを送った友人から返事が届いている。柔らかに祈りのように紡がれた言葉は私に優しく沁み入って、私の中にある穏やかに揺蕩う気持ちを掬い上げてくれる。会う約束を手帳に書き込む。小さく光るその日を目指して、それまで生きていける。

 

母とは途中で解散し、ミイさんと久しぶりに外で飲んで帰る。鶏皮揚げ串にビールが進む。生海苔の天ぷらが絶品で驚いた。最近は家でご飯を作って食べる生活ができている分、外飲みがより特別に感じていくつもの角度から嬉しい。炙り太刀魚やとろろ磯辺揚げやそれからそれからを肴に酒は進み、すっかり上機嫌でお店を後にする。

 

今日は嬉しいことがいくつもいくつもあった。暖かい陽気の中花々が咲いて街が色づくように、春のぽかぽかとした気持ちで、黄や赤で薄く幾重にも色づいた水彩画のような心で、安心して眠りに落ちる。