ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月14日◆遠足前夜

朝起きたら、チューリップの花弁が三枚ぽとりと床に落ちていた。はっと悲しくて、しかし綺麗に片側の花弁が落ちて断面図のようになった姿もまた目を惹いて、きっと明日にはもう見られない姿だろうからと写真に残す。落ちてしまった花弁は、小皿に水を張ってそこにそっと浮かべてみた。冷水に透ける彷徨える小舟。

 

昨日予定していた通りに早起きできた朝だ。コーヒーを淹れて、一緒にスイートポテトをいただく。昨晩、母がまたも菓子(と酒)を持って訪ねて来てくれたのであった。一口サイズのスイートポテトは底がパイ生地になっていて、一層美味しさを増している。私の長年のお気に入り菓子をミイさんも気に入ってくれたようで、嬉しい気持ちで心の重いのが少し和らぐ。今度ミイさんを連れて店舗にも行くことにしよう。両親には、近々お裾分けのお返しに行かねばなるまいな。夫婦揃って吞み助のん太郎であるので、こちらから渡すのはおおよそいつも酒である。

 

ミイさんを送り出し洗濯物を干し「んしぇいっ!」と大きなくしゃみをし、さて、と机に向かう。南の窓側に机を配置して大正解だった。カーテンを開ければ一日中明るく、その中で仕事もできるし日記も書ける。体が強張ってきたらレースを開けて、太陽の場所を探したり光の色を見たりする。昨日のことを思い出しながら日記を書いていると、ミイさんからメッセージが届く。ワインを買って帰るから、明日サンドイッチを持って海へピクニックに出掛けませんか、とのお誘いだった。返事はもちろん決まっている。つくづく、楽しいことを作り出す才に溢れていることよ。

 

日が落ちる。仕事を終いにし、ミイさんには内緒でクッキーを焼く。明日のピクニックに持っていくのだ。ずっと作ってみたかった、なかしましほさんの「ふつうのクッキー」。型抜きクッキーは楽しい。一番のお気に入り、京都旅行で手に入れた定礎のクッキー型を洗う。ついでに明日サンドイッチを詰めるであろう、タッパーもいくつか改めて洗っておく。うきうきの遠足前夜だ。

 

クッキー生地を冷蔵庫で寝かせている間にシャワーを浴びる。髪を洗いながら台所の私と問答。クッキー、もう少し量があってもいい気がするね。うん、いっぱい食べたいし、いっぱいあると楽しいし。ね。バタバタと風呂を出て、第一陣の定礎を焼いている間に急遽第二陣の生地を作る。定礎のクッキー型は抜くのに時間がかかるから、今度は丸型にしよう。型を抜いて冷蔵庫に入れるまでを一息に終え、一旦落ち着く。ふと、小さな丸眼鏡をかけた、白髪でふくふくとしたおばあちゃんのイメージが頭に浮かぶ。遠い将来、オーブンで作る料理がとびきり上手な、ミトンの似合う可愛らしいおばあちゃんになりたい。

 

ホームベーカリーに食パンの材料を仕掛けて布団に入る。フランスパン風にしたから、焼き上がるのは六時間半後。年甲斐もなく遠足前夜にそわそわと目が冴えている私は、うぉんうぉんと生地を捏ねる音を子守唄にとりあえず眠ろうとしてみる。