ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月7日◆絵本に登場したいのだ

目を覚ましたらミイさんの姿がなく、眼鏡もかけずに探していたら何ともなしにお手洗いから出てきた。おはよう。本気で焦った自分に気が付き笑ってしまう。絶好調は終わってしまったかもしれないな。ママの姿を探して泣く赤ちゃんみたいな弱さを自覚する。

 

少しゆとりのある朝、コーヒーでも淹れようかとミイさんが用意してくれて、林檎のコンポートとヨーグルトを食べる。今朝のミイさんはやたらと目がきゅるきゅるして、表情の端に感じる可愛らしさが何故だかいつにも増している。ミイさんがニコニコしていると嬉しい。私は世界が安全な場所だと手を触れて、身を預けてもいいのだと安心する。今日も大丈夫みたいだ。

 

洗濯物を干しにベランダに出る。このところ、毎日「今年ももう春だなあ」と思っている気がする。日はうららに照って暖かく、花粉が物凄いことを除けば、とても気持ちのいい陽気だ。そう思いながらくしゃみが止まらないのだけれど。洗濯物を取り込む時間になっても外は柔らかに明るく暖かく、すっかり日脚が延びたねえとまた欠伸が出る。

 

なんだか今日はのっそりとした一日で、豚肉を解凍するだけしてそこで時間切れになってしまった。帰宅したミイさんがちゃっとポークソテーを作ってくれる。お肉解凍しておいてくれてありがとう、と声を掛けてくれて、優しさに気が緩むとともに仄かに情けない気持ちが頭をもたげる。

 

旧居で林檎と無花果のバター煮を作ってもらったことを思い出す。その時から、ミイさんは時折絵本の森の中に出てくるクマのシェフに見えることがあり、その姿は私の憧れだ。同じ絵本に登場したい、と結構真剣に思っている。今日だって、本当は林檎バターソースのポークソテーを作って帰りを待っていたかったのだ。林檎とバター、甘く美味しそうな匂いを纏えば私も絵本に登場できる気がしている。

 

寝る前、ミイさんに「私が絵本に出てくるとしたらどんな動物かな」と聞いてみた。悩んだ末に「リスとか?」と返事をもらい、勝手にもっと体の大きな動物を想像していた私は、その意外な返答に小躍りするくらいには浮かれていた。しかし、にぱ!と思っているところに『ぼのぼの』のボーズちゃんの話をされ、あれ、思っていたのと違いそうだ。束の間浮かれてしまったことに気付かれないよう、そそくさと布団をかぶる。