ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月1日◆生活はアップルパイ

いつも机の上に開いている手帳を一頁めくる。今日から草木茂りまさる弥生。今日を繰り返す毎日の中にあって、分かりやすい区切りは時にありがたい。改めてスタートした生活が積み重なり、日一日と心地よい重みが増すのを少し立ち止まって感じる。

 

休日にしてはそこそこの時間に起きだし、昨晩二切れ残しておいたキッシュを食べる。ほうれん草とブロッコリーのぎゅっとした緑に、朝からしゃっきり気分がいい。やっぱりもう少し、と、昨日作りそびれていた春菊としらすのチヂミを焼き、こんな時間から缶ビールを開ける。小さく乾杯。しらすの塩味でビールが進む。片栗粉の割合を増やしたらカリッと焼きあがるようになった、メモを残そう。

 

早起きのせいかビールのせいか、障子越しの日差しが柔らかな布団に再び吸い込まれる。Switchと本一冊を枕元に持ってはきてみるが、すぐに意識は陽光に紛れる。ミイさんと一緒に昼寝、久しぶりだ。お互いうとうとのんべんだらりと過ごす。こんな休日も悪くない、いや、休日らしくていいじゃないか。一足先に目を覚ますと、ミイさんが片手を挙げて寝ている。肩に羽織ったブランケットが丁度マントのよう、ヒーローにでもなったのだろうか。ぱしゃりと一枚いただき、起き抜けのコーヒーを淹れる。

 

ミイさんが買ってきた豚バラブロックがあるので、今日の夕飯は角煮と決めていた。中国醤油を使って八角を入れて、東坡肉もどきにするのが私の定番だ。腰を抜かしそうに立派な大根と振り回したくなるような太い葱があるので、トントンと切って一緒に煮込む。ミイさんは前々から私の作る角煮をたいそう気に入ってくれていて、度々また食べたいとリクエストが入る。近頃、料理に対する苦手意識が少しずつ薄れてきた。そのきっかけを与えてくれたのもミイさんであった。

 

台所仕事が一段落したところに、母から電話がかかってくる。食べさせたいお菓子が手に入ったから届けに向かっているよ、とのこと。程なく玄関チャイムが鳴り、キャラメルとクルミがぎっしり詰まった焼き菓子を受け取る。引っ越してきて以前より実家との距離が近くなったのだが、それぞれこの新しい環境を楽しんでいるように思う。流石にスープは冷めてしまうけれど、菓子を届けにちょっと寄り道できる、それくらいの距離。

 

夕飯を終え、ミイさんがコーヒーのお供にアップルパイを焼いてくれる。バターの焼ける匂いは何故こんなにも人を幸せにするのか。トースターを覗くミイさんは絵本に出てくる森の住民のよう、いつかクマをモチーフにシェフ・ミイを描けたら楽しいだろうなとぼんやり考える。コンポートに入っているバニラアイスはカスタードクリームに似て、林檎の甘やかな酸味とばっちり合ってとても美味しい。今日一番のコーヒーも淹り、これで悔しがりの私も眠りに就けそうだ。

 

さて、そろそろ「ヤカの食い倒れ日記」にでも改題したほうが良い気がしてくる今日この頃である。そんな今日もまた着実に積み重なる。二人でしわしわに年老いた頃、美味しいパイが焼きあがる今日をできるだけ。