ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月3日◆傷口に黄色いチューリップ

昨日から擦り減ることが立て続けにあって、すっかりぺそぺそで生傷だらけの心の私である。今日は三週に一度の病院に行く日で、ミイさんにも同行してもらった。

 

経過は良好で、次の診察は四週後で構わないとのことだった。嬉しい。いつもは一人なのでそそくさと帰路に就くのだが、今日はミイさんがいるので一緒に少し買い物をする。

 

『違国日記』の新刊を買おうと書店に寄ると、小さく短歌フェアが開催されていた。店内をぐるりと巡った最後に、工藤玲音・著『水中で口笛』を手に取る。ディック・ブルーナを感じさせるような、シンプルで仄かにメルヘンな装丁に心を奪われる。今まで歌集はあまり読んでこなかったのだが、何か新しい風を入れたくなる近頃の陽気につい背中を押されてしまった。肩が少し重たくなる代わりに、心は幾分軽くなる。

 

ついでにスーパーでの買い物も済ませ、海を眺めながら久しぶりにクラフトビールを飲む。ミッケラーはキュートで美味しくてとても好きなビールだ。柚子のビールも爽やかで心地よい。最後に花屋に寄って、黄色いチューリップを一輪買う。病院の待合室にいる間、この心をどうしてくれようと考えていた時に思い出したのが、この黄色いチューリップだった。もう一昨年になるだろうか、冬空にすきっと映える黄色いチューリップを飾る友人の顔がふと浮かび、花屋に行こうと思い立ったのだ。近頃どうしているだろう、心の安全を脅かされずに暮らしているだろうか。

 

駅からの帰り道、あちこちで桜や桃が咲き始めていることに気が付く。大体の場合、私が気が付いた時にはもう季節は移ろっている。すっかり春だ。

 

家に着いて、黄色いチューリップを飾る。ガラスの花器を出し一輪挿しにする。新居に花を飾るのは初めてだ。花器は安土忠久氏の作品で、とろんとした優しいガラスの風合いは背伸びする必要なく部屋に馴染んでくれる。黄色いチューリップはたおやかな中に凛とした空気を湛えていて、視界に入るたびあちこちの傷も癒えていく。ミイさんが春キャベツの軽い煮込みと、くたくたブロッコリーのパスタを山盛り作ってくれる。『Cyber​​punk: Edgerunners』の続きを数話観る。今日も目一杯いい日だった。

 

いつもより早く床に就く。傷口は朝よりも小さくなっていて、明日のヤカは感謝してくれてもいいぞ、なんてぬかしながら眠りに落ちる。