ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年3月26日◆土は軽くふかふかと

パンク寸前の気配を感じ、今日はゆっくり過ごそうととりあえず決めてみる。この一週間、いろいろなことがあった。じんわりと今も体の真ん中が暖かいままの嬉しかったことも、悲しみを悲しみだと認めたことも、擦り傷と共に決意を新たにしたことも。すべてが大切な心の動きだった。しかし、怒涛の勢いでやってきたあらゆる心の動きのすべてを飲み込むことはできていなかったようで、一度腰掛けて感情を咀嚼したいと思ったのだ。

 

花冷えの日曜日。ゆっくり過ごそうと決めたはいいものの、結局頭の中は気忙しい。本を手に取ってみても目が滑ってまったく読み進まない。Switchを持って布団に入ってみても、どのゲームがしたいのか分からない。その間もずっと頭はぴこぴこと取り留めのない思考を繰り返して、危うくクラッシュするところだった。プスプス煙が出始めた頃、玄関のチャイムが鳴る。オリーブを植え付ける鉢が届いたのだ。とにかく何か目の前のことをやろう。それも、頭を悩ませているのとは別のこと。それならば、と早速初めての植え付けに取りかかる。

 

小さなベランダにビニールシート代わりのゴミ袋を敷き詰めて、ゴム手袋をして作業開始。オリーブの鉢には、とてもシンプルな円筒型のテラコッタを選んだ。鉢底にネットを置き、その上に鉢底石をざざざと敷く。園芸培養土に緩効性肥料を混ぜ、スコップでどんどん土を入れていく。土は軽くふかふかとしていて、ずっと触っていられそうだった。ここに牛乳を回し入れてぎゅっと纏めたら、ざくざくのチョコレートクッキーが焼けそうだな、などとくだらないことを考える。ポリポットからオリーブの苗木を外し、固まった土をほぐしていよいよ鉢に入れる。外側をさらに培養土で埋めながら、住み心地はどうだい、と尋ねてみる。答えはない。大きくふかふかになった寝床で、のびのび暮らしてもらえたら嬉しい。

 

最後に水をあげる。真上から見た時丸い形に収まっている、濃い茶色の小さい粒の集まり、そこに水を回しかける。私にはまったくコーヒーを淹れる仕草に思えて、小雨の降るベランダで一人とても愉快な気分になる。コーヒーを淹れる時に心の中で美味しくなあれと手を合わせて祈るような気持ちは、大きくなあれと祈る気持ちに置き換わる。窓際で体育座りをして話しかけるのも楽しい。伸びやかな緑の前で、そして明るい窓際で丸まる分には、心もへんにじめっとした湿度を持たないようだ。これから小さく丸くなりたい時は、オリーブのそばに来よう。

 

焼売スープを飲んで少し休憩した後、次は福だるまの植え付けに挑む。注文した鉢が思いのほか大きくて少し驚くが、狭いよりも広い方がいいだろう。チュニジアポットという鉢を選んだのだが、ぽってり感はザ・縄文土器、簡素なデザインはザ・弥生土器を思わせる風貌をしていて、私はすっかり気に入ったのだった。レキシの『狩りから稲作へ』を口ずさまずにはいられない。植え付けをしながら、土器の展示を見に行きたいなあと思う。幾分頭の中に空間ができたようだ。旧居で一緒に住んでいたサボテンは駄目にしてしまったのだが、その時敷いていた化粧石は取っておいた。福だるまの植え付けの最後に、その化粧石を敷く。これは反省を忘れないという意味でもあって、サボ先輩を思い出し、これからは君を大切に育てます。

 

完成してみると、福だるまのぷっくり肉厚な葉にポットのぽってりまるまるとしたシルエットがとてもお似合いだ。加えて、化粧石含めて全体的に白みを帯びた色合いは緩やかな統一感があり、柔らかでとても可愛らしい仕上がりになった。ぷくぷくでぽてぽて、大福のような姿は非常に愛嬌がある。

 

今日はオリーブと福だるまのお陰で随分頭が休まったように思う。最初は現実逃避の意味が強い中始めた植え付けだったが、目の前の託された命に集中して土をいじる時間は、とても豊かなものだった。殻に閉じこもって湿度を高めてしまうのではなく、風通しのいい明るい場所で前向きな気持ちでもって息抜きをすることもできるのだと、知ることができて良かった。

 

植え付けたオリーブの写真をミイさんに送ったら、「可愛すぎる!!!!(絶叫)」と返事が来た。明日は晴れそうだ。朝、窓際に並んで二人でオリーブを眺めながら、たくさん話をしよう。