ヤカの散録

忘れてしまうあの日のひだ

2023年2月26日◆額縁の朝

ベッドからずるりと落ちて目が覚める。スーツ姿のミイさんが何か言いながら駆け寄ってくる。どうやら、視界から突然私が消えて驚かせてしまったようだ。当の私は寝ぼけ顔で、頭の中にある言葉は一つ。まだ眠い。

 

今朝は早く、日が出たばかりの街は丹塗られたように発光している。寝室に朝日を迎えると、窓の形に合わせて壁が額縁のように照らされる。まだ起き切らない頭で、試しに額縁の中に入ってみる。作品『ヤカの肖像』などとくだらないことを呟く。少し愉快だ。暖かい色の朝の日差しは柔らかく、毛布のようで安心する。朝日にくるまれた私はもうひと眠りする。

 

昨晩作った食堂おがわの白菜の塩あんかけが残っているので、温めなおして食べる。外は風が強くひゅうと音を立てている。隙間風が吹き込むわけでもないが、心持ち寒く感じる。こういう日にストーブに当たりながら食べるあんかけは、特別美味しい。偶にとぅるんとした塊に出くわすが、これはこれで案外美味しかったりする。

 

普段、白米は大同電鍋で炊いている。他のことをしながら電鍋のぼこぼこいう音を聞くのが好きだ。中の湯が沸いてぼこぼこと鳴る音、カタタと電鍋が震える硬い音、時折湯気がヒューと音を立てたりもする。それはなんだかいくつもの楽器が鳴っているようで、立ち上る湯気の揺らめきを指揮に見立てたら、最高潮を迎えるオーケストラに見えてくる。

 

愉快なオーケストラと共に、土井善晴先生の里芋の揚げ出しを作る。片栗粉をまぶして里芋を揚げる。ジュジューという音がオーケストラに加わる。料理は壮大なる即興曲なのだった。